表現を豊かにすること  

子どもの書く文章が稚拙に見える場合、その要因のうちの一つが表現の乏しさでしょう。
「〇〇が…と言いました。△△は…と言いました。」
「まず…に行った。…と思った。つぎに…に行った。…と思った。」
という風に、「言う」「行く」「思う」といった基本的で汎用性が高すぎる動詞ばかりを述語に使ってしまうことがよくあります。

たとえば上の「言いました」の部分を「ため息をつきました」や「と言ってなぐさめました」に替えると
「〇〇が…とため息をつきました。△△は…と言ってなぐさめました。」
となります。ちょっとした書き換えですが、がらりと印象が変わりますね。

あるいは、このような大幅な動詞の交換でなくても、
「〇〇が…と暗い顔で言いました。」
など、修飾する語句を加えるだけでもかなりちがいます。

このように、「言う」「行く」「思う」といった基本的すぎる語に頼らず、その場面に最適な述語表現を自在に使い分けられるようになることは大きなステップなのです。そして、そうなるためには、やはりどんどん文章を書いて、よりふさわしい表現を使うことにチャレンジしていくしかないでしょう。

表現を豊かにするトレーニングとしての創作

こうしたトレーニングのために、感想文や意見作文を書かせるのも良いですが、物語の創作をさせるというのが当教室としてお勧めしたいことです。創作ならば、感想文などの子ども自身の実体験を綴る文章課題に比べてネタがつきませんし、子どもが楽しみながら取り組めるというメリットがあります。また、もっと強調したいのが、言葉の交換が比較的容易になるということです。

「言う」「行く」「思う」といった簡単な語を、より的確な表現に置き換えるには、そういう言葉で表されようとしている行為が、どのような様子や状況でなされたのかを省みる必要がありますね。しかし、自分の実体験を綴る文章を書く場合には、それは少し難易度の高い作業になるでしょう。なぜなら、自分自身と、自分自身が置かれていた状況や文脈を客観視するという次元の高い行為になってしまうからです。これはともすると大人にとっても難しいことです。それよりは、書き手自身とは異なる、想像された他者について表現する方が、場面や経緯の俯瞰もしやすく、詳細な言語化がしやすいでしょう。種で生徒に創作文をよく書いてもらうのは、このような観点もあるのです。

2年生(書いた当時)の生徒が書いたある作品をご覧いただきましょう。「言う」という動詞の使用が控えられ(多少は使われていますが、全くしつこく感じない程度に抑えられています)、状況や心情がよく伝わる表現を的確に使えている好例だと思います。

2018年09月24日 | Posted in コラム | | No Comments » 

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