読書の役割

読書は、アスリートが栄養バランスの整った食事をとったり、睡眠をしっかりとったりすることにたとえられるのではないかと私は考えています。いわゆる国語の勉強とよばれるもの、つまり、作文の練習や、読解問題演習、あるいは漢字や慣用句などの言葉の知識の学習は、ノックやシュート練習、または筋トレや走り込みといった、競技をするための実際的な技術を磨いたり、体を動かすための筋力や体力を蓄えたりするトレーニングにあたるでしょう。それに対して読書は、「健康的な体作り」のレベルにあるものだと思うのです。

厳密に考えれば、勉強をするにしても、あるいは一定時間読書できるだけの体力をつけるにしても、健康的な食事や睡眠の確保は根本的なものになる(眠ければ頭が働かないし読書もできない)ので、この話は比喩として少し錯綜しているかもしれません。ですが、私の言いたいことが、国語の勉強にとって読書はそれぐらい基礎的な部分だということはお分かりいただけると思います。この部分がスカスカだと、どんな実際的な学習も定着しません。だから、全然読書をしないよりはした方が断然良いと言えましょう。成長するための足掛かりをしっかり持つということなのですから。

「読書=国語の成績を上げる手段」?

ただ、いまの比喩は同時に、読書と国語力が直結しないことを肝に銘じさせる話にもなると思います。

私はこれまで、とてもよく本を読むのに国語の成績がふるわないという子どもにたくさん出会ってきました。また、読書量の割に作文がなかなか上手くならないという子もたくさんいます。またその一方で、大して本を読んでいないのに、読解問題も比較的難なくこなせて、作文もそこそこできるという子が一定数います。読書の量と、国語の成績や表現力などのアウトプット面は、決して単純な比例関係にはないのでしょう。

読書は大事だと、国語の先生ならば大抵の人が言うでしょうし、私もそれを否定する立場ではありません。しかし、読書をしていればそれで全てが上手くいくというわけでないのも事実です。

それは、読書が「国語の力を養う可能性をもつもの」ではありますが、「国語の力を養うためにあるもの」ではないからです。健康的な体作りは、アスリートだけが必要とするものではなく、健康的に生きようとする全ての人皆がこころがけて良いものですね。健康的な体作りが、すなわちスポーツの上達法だというわけではありません。食事の栄養バランスに配慮したり、質の良い睡眠を確保しただけで、技術が磨かれるわけではないのです。読書もそうです。国語の成績を上げるためではなく、知見や経験を拡張させて人生を豊かにするという、もっと大きな目的のために開かれているはずのものでしょう。国語の成績をあげるためだけにあるものではないのですから、それをしたからといって必ずしも国語の成績が上がらないのは当然です。

読書量と国語力のずれ

事実、そもそも国語という教科で問われている力が「読書する能力」というようなものではありません。たとえば、答えになりそうな言葉に正しく見当がつけられても、それが書き抜き問題であれば、それに該当する語句を素早く探り出せなければ意味がありません。いわば「検索力」とよぶべき能力が求められていると言えるでしょう。これは、純粋に「読書」と呼ばれる営みの中で必要とされる能力ではないと思います。いわば、「ウォーリーをさがせ」のような探し物ゲームに使われる力に近いのではないでしょうか。

また、同じ人の中でも「使える言葉(使用語彙)の量」は「読める言葉(理解語彙)の量」より少ないのが一般的です。「ああ、ほら、こういうのって、何て言うんだっけ?」という風に、言葉が思い浮かばず、もどかしい思いをした経験をだれしもが持っていると思います。私自身、どれほど頻繁にこういうケースに陥ることか…。表現する言葉が存在すること自体は知っていても、自分の言葉として自在に用いることはできない場合が多いのですね。このように、理解語彙は使用語彙に直結するとは限らないため、読書をさかんにするからといって、それだけで自ずと作文が上手な子ができるわけではないのです。

読書量がアウトプットに比例しない要因は、この他にもさまざまに考えられるでしょう。ただ、いずれにしても、いわゆる「国語の力」と読書との関係はそうそう単純なものではないということが分かると思います。「本を読んでいれば国語はできるようになる」などと簡単に言えるようなものではないのですね。

読書習慣という根本の部分は本当に大切です。しかし、それはあくまで根本の話。その上で、「国語」というこの特殊な種目の中で求められる力を的確に分析し、そのために特化されたトレーニングを積み重ねる必要があるのですね。こうした分析やトレーニングの提供が、うちのような国語教室の役目でしょう。(また、どうしても本を読む時間や体力がないとか、読む気になれないタイプの子に、どのようなアプローチをかけてあげられるのかも、私たちの課題だと思います。)

2018年09月29日 | Posted in コラム | | No Comments » 

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